JICUF夏季インターンのソフィア・ハモンドさんがインターンシップを振り返る
ボウディン大学4年生のソフィア・ハモンドさんが、6月1日から8月28日まで、JICUFニューヨーク本部でインターンとして勤務しました。ソフィアさんは2025年秋学期にICUの交換留学生として学び、今回のインターンシップでは、夏の期間を通じてJICUFの各スタッフとともに、さまざまなプロジェクトに携わりました。
現在はメイン州に戻ったソフィアさんに、インターンシップを通して得た経験について振り返ってもらいました。
ソフィアさん、JICUFのチームの一員として一緒に活動してくださり、ありがとうございました!

子どもの頃、テネシー州北西部の小さな田舎町の家で、私はよく日本に帰ることを夢見ていました。真夏に兄弟やいとこたちと公園で野球をした後、近くのスーパーで買ったアイスクリームを食べて涼んだことを懐かしく思い出していました。また、山形県の霧深い山々にある祖父の家を訪れ、カエルやザリガニ、オオカバマダラを捕まえて何時間も遊んだことや、摘みたてのさくらんぼの甘い味や、さくらんぼをつやつやした赤いイヤリングに見立てて耳にかけたことも、恋しく思い出しました。
これらの記憶はとても鮮明で、またこのような時間を過ごしたいと強く願っていましたが、私は日本で育ったわけではありません。私はアメリカ南部で、果てしなく続くトウモロコシ畑と見慣れた人々に囲まれて育ちました。周りに自分と同じような顔立ちの人はまったくいませんでしたが、そのことを特に気にしたことはありません。町の外に出ることはほとんどありませんでしたが、出かけるときはたいてい太平洋を越え、地球の反対側にある日本へ向かいました。日本では、町田にある祖父母のマンションに1ヶ月ほど滞在し、その間、毎日親戚と大切に過ごしました。移民の子どもたちの多くが経験することですが、親の故郷に根付く独特の感覚や情景、そしてそこで出会った人々は、今日の私を形づくり、進路にも深い影響を与えています。
例えば、大学に進学したとき、私が唯一必ずやりたいと思ったことは、初めて本格的に日本語を学ぶことでした。ヘリテージ・スピーカー(継承語話者)として、話し言葉ならすでにかなり理解することができました。しかし、人生の大半をアメリカで過ごし、日本語の読み書きがほとんどできなかったため、親戚とのコミュニケーション能力は徐々に衰え、簡単な文でさえまともに組み立てられないほどになっていました。そこで、日本語の授業を履修する機会ができると、私はすぐに初級コースに登録しました。大学1年次には、日本文化クラブにも参加しました。そこでは、さまざまなバックグラウンドを持ちながら、日本語や日本文化を愛するという共通点を持つ仲間たちと出会い、コミュニティの一員になることができました。

翌年、私は国際関係学と東アジア研究をダブルメジャーとして専攻することを決めました。これによって、日本をはじめとする東アジアの文化への関心と、政治や公共奉仕に対する情熱を結びつけることができました。また同じ年、同級生の多くが希望する留学プログラムへの応募準備を進める中、私は大学に働きかけ、3年次の秋学期に東京で学ぶことを認めてもらおうとしていました。
国際基督教大学(ICU)を選んだ主な理由は、東京の親戚との距離の近さと留学のタイミングでした。しかし、大学についてさらに調べていくうちに、ICUが他の多くの日本の大学とは異なる特徴を持っていることに、次第に強く惹かれるようになりました。特に、少人数制のリベラルアーツ教育、バイリンガリズムという独自のアイデンティティ、そして人権と世界平和の実現に対する揺るぎない姿勢です。当時の私は、このような大学が日本に存在することさえ知りませんでした。そのことが、ICUへの好奇心と、そこで学びたいという思いをさらに強くしました。
何週間にもわたる面談や嘆願書の提出、そしてアドバイザーからの承認を経て、私はついにICUへの留学を認められました。私の大学からICUに留学したのは、私が初めてです。その前に山形県米沢市の国際キャンプでカウンセラーを務めた期間も含め、日本で過ごした6か月間は、私にとって、知的にも人格的にも大きく成長する機会となりました。ICUでの時間は、私の人生の中でも本当に幸せな時期の一つでした。そこでは、自分の多文化にまたがる背景をありのまま受け入れ、それを特別なことではなく自然なものとして認めてくれる、日本での居場所を見つけることができました。一方、キャンパスの外では、慣れない文化環境に一人で立ち向かわなければなりませんでしたが、その経験を通して、日本語力を高めるだけでなく、日本という国と、その人々を、より深く、多面的に理解することができました。何よりも、日本で過ごした時間は、国際教育と日米交流という、自分が情熱を注ぎたい分野を見つける上で決定的な経験となりました。
JICUFについて知ったとき、そこはまさに、自分の興味をさらに深めながら、社会を改善しようとする、同じ志を持つ人々とつながることのできる理想的な場所だと感じました。また、日英両方の言語力を生かせることも大きな魅力でした。幸運にも、この夏、ニューヨークにあるJICUFのオフィスで3か月間インターンとして働くという素晴らしい機会をいただきました。チームに加わってすぐに実感したのは、JICUFのような小規模な組織で働くことの最大の魅力は、他のスタッフと密接な関係を築けることでした。スタッフの皆さんから素晴らしい指導や助言をいただいたことで、自ら積極的に行動し、疑問があれば質問し、機会があるたびに新しいプロジェクトに挑戦することができました。

この夏のインターンシップで私が最も力を注いだのは、グローバル・シチズン・フェローシップ(Global Citizen Fellowship: GCF)の準備でした。2か月半にわたって綿密な準備を進めた後、GCF参加者の12人が8月にニューヨークに到着するのを心待ちにしていました。プログラム初日から、学生たちの高い責任感と好奇心、そして何よりも他者を思いやる心の深さに驚かされました。プログラムが開始してすぐに気づいたことは、どれほど入念に準備をし、最悪の事態を想定して計画を立てたとしても、GCFのような体験型学習プログラムの成果は、結局のところ参加する学生自身次第なのだいうことです。幸い、今年の参加者たちは毎日、互いから、スタッフから、そして様々な社会問題に取り組むニューヨークの専門家の方々から学ぼうという意欲に満ちていました。
2週間をフェローたちと過ごし、彼らが協力しながらニューヨーク・プログラムに取り組む姿を見てきただけに、最終日にペンシルバニア駅まで彼らを見送り、別れを告げるのはとても辛いことでした。それでも、今後彼らがますます成長し、世界に前向きな変化を生み出していく姿をこれからも見守っていけることを思うと、深い感謝の気持ちでいっぱいです。この夏、公私共に私を支えてくださり、インターンシップを素晴らしい経験にしてくださったJICUFのスタッフの皆さんに、心から感謝しています。また、たくさんのことを私に教えてくれ、心に残る数え切れないほどの思い出を与えてくれたGCFのフェローたちにも、感謝を伝えたいと思います。来年5月に大学を卒業した後、どんな道を歩いていくのか、今はまだ分かりません。それでも、JICUFでのこの夏の経験から一つ学んだことがあるとすれば、これまでの経験と、人とつながることを大切にしながら、次に進むべき道を見つけていきたいということです。

