グローバル市民を育む ― ICUにおけるドワイト・クラーク異文化交流プログラム
「平穏だった過去の時代の考え方では、激動する今の時代には対応できない。私たちは多くの困難に直面しているが、その困難にふさわしく成長しなければならない。今の状況はこれまでにない新しいものだから、私たちも新しく考え、新しく行動しなければならない。
― エイブラハム・リンカーン、1862年12月1日 年次教書
2026年5月24日から6月5日にかけて、ミャンマーのパラミ大学の学生12名が、ICUで実施されたドワイト・クラーク異文化交流プログラムに参加するため来日しました。本プログラムは、JICUF、パラミ大学、ICU、そしてボランティアズ・イン・アジア(VIA)の協力によって実現したもので、約2週間にわたり、学生、教育者、地域社会のリーダーたちが共に学び、対話し、振り返りを行う機会となりました。
このプログラムは、表面的にはミャンマーの学生たちが日本を体験する機会でした。しかし、その本質はより大きな目的にあります。ドワイト・クラーク異文化交流プログラムは次世代のグローバル市民の育成を目指すもので、参加者は、ICUの学生や教員との交流、日本社会への理解を深める活動、そしてさまざまな分野で活躍するリーダーとの対話を通じて、市民としての責任や社会への貢献、そしてコモングッドのために行動することの意味について深く考える機会を得ました。
不確実な時代における教育
JICUFとパラミ大学とのパートナーシップの背景には、興味深い歴史的な共通点があります。JICUFが1949年にICU設立を支援した当時、日本は第二次世界大戦の荒廃から立ち上がろうとしている最中でした。大学の創設者たちは、平和、和解、国際理解、そして人類への奉仕を理念とする教育機関を構想していました。1953年に最初の学生たちが入学した際、多くの学生は強い使命感を抱いていました。戦争と混乱の時代を経験した彼らは、教育こそが社会の再建と、より平和で公正な世界の実現に重要な役割を果たすと信じていたのです。
それから70年以上が経った今日、パラミ大学の学生たちもまた、異なる形ではありますが、先行きの見えない時代を生きています。ミャンマーは現在も政治的、経済的、社会的に深刻な課題に直面していますが、パラミ大学の学生たちは希望を失うことなく、強い意志をもって学び続けています。彼らもまた、ICU創設期の学生たちと同様に、自らの地域社会と祖国の未来に貢献したいという思いに突き動かされています。
今回の交流イベントを通じて、参加学生たちが示した困難を乗り越える力、知的好奇心、優れた洞察力、そして明確な目的意識に私は深く感銘を受けました。時代こそ異なりますが、パラミ大学の学生たちとICU創設期の学生たちは、「教育には戦禍により傷ついた社会を再建し、人々を和解へ導く責任が伴う」という信念を共有しているように思われました。写真:堀内京香(右)
グローバルな変化の時代に学ぶ
プログラム期間中、参加者たちは現代を特徴づけるさまざまな課題について学びました。講義、ディスカッション、そして実際に活動している人達との対話を通じて、民主主義、教育、文民関係、平和構築、コミュニティへの帰属意識、移住、和解、そして変化する国際秩序といったテーマについて考察を深めました。写真:堀内京香(下)
学生たちは、ミャンマー、日本、そして世界が直面する課題について批判的に考えると同時に、それらの課題に対して教育、リーダーシップ、市民参加が果たし得る役割についても考えました。こうした重厚なテーマに取り組む一方で、学生たちはわさびの収穫体験や流しそうめん、茶道といった日本の伝統文化を体験したほか、吉祥寺を散策したり、滞在先のユースホステルで食事を共にするなどして友情を深めました。写真:後藤夕(下)
キャンパスの外では、非営利団体のリーダー、社会起業家、教育関係者、そして日本に暮らすミャンマー人コミュニティの方々とも交流しました。こうした経験は他者から学ぶだけでなく、自らの視点や経験を共有する機会にもなり、実際、このプログラムで最も意義深い瞬間の多くは対話の中から生まれました。教室、会議、そして何気ない会話から、学生も受け入れ側も互いから多くを学べることを実感しました。
グローバル市民を育む
JICUFにとって、ドワイト・クラーク異文化交流プログラムのような取り組みは、「人類の幸福に貢献するグローバル市民を育む」というJICUFの使命の中核をなしています。グローバル市民であることは、単に国際的な経験を積むことではありません。それは、私たちが互いにつながり合っていることを認識し、共に生きる世界に対する責任を引き受けることです。また、違いを越えて耳を傾け、複雑な課題に真摯に向き合い、コモングッドに向けて協働する力を必要とします。今回のプログラムに参加した学生たちは、まさにそうした資質を見事に体現していました。彼らは新しい経験に好奇心をもって向き合い、難しい問いに対しても柔軟な姿勢で取り組み、互いの尊重に基づく関係を築きました。写真:堀内京香(左)
また、このプログラムは教育機会の拡大に対するJICUFの取り組みも反映しています。人生を変えるような国際経験は、しばしば経済的余裕や渡航の自由を持つ人々に限られがちです。本プログラムは、そうした環境にない若者にもその可能性を広げることを目指しています。この取り組みの根底にあるのは、人間の尊厳と可能性への信念です。すなわち、どのような境遇にあっても、すべての人が学び、成長し、社会に貢献する機会を持つべきであるという信念です。
ドワイト・クラークの遺志を称えて
本プログラムは、ボランティアズ・イン・アジア(VIA)の創設者であり、パラミ大学設立に重要な役割を果たした初期の支援者・理事であったドワイト・クラーク氏に敬意を表して名付けられました。今年初めに逝去されたドワイト氏は生涯に渡り、異文化理解、教育交流、リーダーシップ育成の推進に尽力され、異なる文化を越えた出会いが、より深い共感と理解、そしてより強いコミュニティを育むと信じていました。彼は教育とは単に知識を得ることではなく、より良い世界に貢献するための人格や視点を育むことであるという考えを持っていました。その理念は、彼の名を冠するこのプログラムに息づいています。写真:堀内京香(右、下)
ドワイト氏は生前、JICUFやICUと直接の関わりはありませんでしたが、私は昨年Zoomを通じてドワイト氏とお話しする貴重な機会に恵まれました。短い対話ではありましたが、氏の温かさと深い思いやりに触れ、私たちが共通の使命を持っていると実感しました。ミャンマーと日本の学生を結びつけるこのプログラムは、若者たちが互いに学び合い、固定観念に挑戦し、国境や文化の違いを超えた関係を築く機会を生み出しました。それは、教育と人とのつながりが持つ変革の力に対するドワイト氏の信念を受け継ぐ営みでもあります。
未来に向けて
学生たちが帰国する際、彼らは新しい友情、新しい視点、そして新しい発想を持ち帰りました。しかしそれ以上に重要なのは、教育とリーダーシップには責任が伴うという、より深い理解を得たことです。多くの点で、今日のパラミ大学の学生たちは、ICU創設期の学生たちを支えた精神を体現しています。不確実な状況の中で、彼らは希望を選び、困難の中で学び続けることを選びました。そして時代が突きつける課題に直面しながら、単に良いキャリアのためではなく、社会に貢献し奉仕する人生を歩むための準備を進めています。写真:堀内京香(下)
70年以上前、ICUは戦後の混乱の中、教育によってより平和で人間的な世界を築くことを信じた人々によって設立されました。そして今日、このようなパートナーシップを通じてその理念は受け継がれ、各社会や世界で変革を担う新しい世代の学生たちを鼓舞し続けています。
JICUFはこれからも、世界の課題に向き合うために必要な知識、視野、スキル、そして責任感を若者たちが育む機会を創出し続けていきます。今年のドワイト・クラーク異文化交流プログラムに参加した学生たちは、その活動の意義を改めて私たちに示してくれました。そして、次世代のグローバル市民への投資こそが、より平和で、公正で、人間らしい未来を築くための最も力強い方法の一つであることを示してくれたのです。
参加者の声
Khu David Ta Kehさん、パラミ大学学生(写真:堀内京香)
「この2週間、ボランティアズ・イン・アジア(VIA)、JICUF、ICU、パラミ大学、そして多くの支援者の方々のご支援のもと実施されたドワイト・クラーク異文化交流プログラムに参加する貴重な機会を得て、私は日本の文化や価値観、そして人々の温かさに深く触れることができました。和解や教育開発に関する講義への参加から、わさびの収穫や茶道の体験、新興スタートアップや企業への訪問に至るまで、このプログラムは単なる知識の習得にとどまらず、今日のグローバルな課題に向き合う上で欠かせない異文化間の対話、新たな視点、そして友情をもたらしてくれました。プログラムを通じて私は、『居場所』の持つ力を目の当たりにしました。居場所とは、人が身体的にも精神的にも、そして社会的にも、ありのままの自分でいられ、安心できる空間のことです。
そのような場が、人々をより包摂的・創造的にし、広い視野を持たせ、充実した人生へと導く力を持っていることを学びました。また、『居場所』という考え方は、日々の何気ない会話から組織の制度や文化に至るまで、意識的に築く必要があることも学びました。その実現のために、リーダーシップは方向性を示し、ビジョンを共有し、人々の心を励ます重要な役割を果たします。
私は今、「何のために生きるのか?」という問いとともにミャンマーへ戻ります。この問いは、ミャンマーのコミュニティの中で、どのように居場所という概念を育むことができるのかを考えるきっかけとなっています。そこでは、尊厳、信頼、そしてレジリエンス(しなやかに立ち直る力)がこれまで以上に重要になるでしょう。ちょうど良いタイミングで、私はパラミ大学の卒業式で開催されるパネル『Global Footprints』において、今回の経験と学びを共有する機会を得ました。」
Aung Ming Thu、パラミ大学スタッフ(写真:堀内京香)
「多くのパラミ大学の学生にとって飛行機に乗るのが初めてであり、人生初の海外経験でもありました。彼らが新しい考え方や人々、環境に触れ、積極的に質問しながら学んでいく姿を見て、このような体験型学習プログラムがいかに人を成長させる力を持っているかを改めて実感しました。」
後藤 夕さん(ICU学生)
「パラミ大学の学生たちとの交流を通して、私は文化以上のものを学びました。それは、一人ひとりの情熱と強い意志です。特に印象に残っているのは、スーさんとの出会いです。彼女は写真を撮り始めてまだ1年ほどしか経っていませんが、その作品は単なる一瞬の記録ではなく、感情を捉え、その背後にある人々や物語までも映し出していました。同じ写真を撮る者として私たちは互いに深い敬意を抱き、交流を通じて、写真とは単なる画像ではなく、コミュニケーションであり、理解であり、人と人をつなぐ手段であることを改めて実感しました。この交流は喜びに満ちた時間であると同時に複雑な思いも抱かせるものでした。ミャンマーに帰国した後、多くの学生たちが不確かな未来に向き合わなければならないことを知っていたからです。彼らとの友情を振り返りながら、私は彼らの未来が守られ、安全であることを心から願い、祈りました。」
堀内 京香さん(ICU学生)
「パラミ大学の学生たちと知り合うことは、とても楽しい経験だっただけではなく、大きな刺激を受ける機会でもありました。彼らの学びに対する情熱と、より良い未来を築こうとする強い意志は、私自身がなぜ高等教育の道を選んだのかを改めて思い出させてくれるとともに、人間の持つ強さとしなやかさへの信頼をさらに深めてくれました。彼らと友情を育むことができたことに心から感謝していますし、この特別なつながりはこれからも長く続いていくと信じています。」
